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訪問マッサージ
院長です。

前回の訪問マッサージの患者さんの足(下腿)ですが、
「更に症状が良くなりつつあるよ!」と言って頂きました!

○の部分は、薄くなってきたとはいえ、まだ黒いのですが、
かかとから、足裏にかけては普通の肌の色になりつつあります。

痛みも軽くなってきたとはいえ、まだ痛みが残っているとの事なので、
こちらも更に症状が改善していくように…と考えております。
治療は大変ですが、症状が改善するのを目の当たりにすると
楽しくてやり甲斐がありますね!!


asi
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【 2012/09/27 19:02 】

| 治療関連 | コメント(0) | トラックバック(0) |
どんな人生にも意味がある 5
院長です。
前回までの「創造価値」、「態度価値」に続いて今回は、
3つ目の「態度価値」についてです。


「態度価値」とは、
自分では変えることの出来ない出来事に、
”その人がどのような態度をとるか”によって
実現される価値のことです。

強制収容所のような場所では、
目の前の状況を何とか切り抜けるだけで
精一杯だったはずです。
しかし、だからこそ変える事の出来ない運命に対して、
その人がとる一つ一つの態度の中にその人の
精神性が示されたのです。

 言い換えると、
引き受けざるを得ない運命に
”その人がどのような精神を持って相対するか”
によって実現される価値のことです。

 極端な言い方をすると、
人は何も生産的な活動をしなくても、
何の素晴らしい体験をしなくても、
そこにどのように存在するか、
その存在の仕方によって価値を現出させているのです。

苦しい収容所の中でも、
仲間の間を巡り、励ましの言葉をかけ、
時にはもっと飢ている人に自分のパンを
与える被収容者がいました。
態度価値の実現だけは、
どのような劣悪な環境にあっても可能なのです。

 例えば、入院して「創造価値」「体験価値」の実現の機会を
失い死の瞬間にあったとしても、
なお周囲への思いやりの気持ちを忘れない態度。。。
ここには人間らしい無比の業績があります。


 以上のようにフランクルによる「3つの価値」は、
人間の人生はいついかなる時でも、
すなわち健やかなる時も、
病めるときも、
死の瞬間にあっても、なお、
その意味を実現する機会が失われる機会がないこと、
また、
これら3つの価値のいずれかによって、
私達の人生はいつでも有意義なものにすることができる可能性が残さ
れていることを示しています。




【 2012/09/26 09:50 】

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どんな人生にも意味がある 4
院長です。
前回の続きで、今回は「体験価値」についてです。

「体験価値」とは自然とのふれあいや、
人とのつながりの中で実現される価値のことです。

体験価値は自分一人の能力によって成し遂げられる
創造価値とは異なって、
「何か」や「誰か」との出会いによって
もたらされる価値のことです。

例えば、
真善美を味わうような体験、大自然と触れ合う体験、
誰かと愛し合う体験、他者と深く繋がり合う体験。。。。
これらの体験によって実現される価値のことです。


又、長く険しい登山の果てに、心洗われるような日の出を見た時。
あるいは感動で涙が止まらないような映画を観た時。
コンサートホールでゾクゾクと鳥肌の立つような音楽を聴いた時。
あるいは、初めての子供を授かり、腕に抱き上げた時。

こうした体験はすべての人の人生を豊かにして、
生きていて良かった、
生まれてきて良かったという思いを与えて
くれるものです。

そのような体験をしている最中に隣の人から
「あなたの人生に意味はありますか」と
尋ねられたとしたらどうでしょう。
即座に「当たり前じゃないですか」
と答えるはずです。

人間が体験しうる中で究極の体験価値の一つは、
やはり「愛」です。
人間は人とのつながりなくして”生きている喜び”を
感じることはできません。

フランクルは妻を想うことで苦難に耐え、
収容所の過酷な状況の中を生きしのいでいく
力を得たのです。 

このようにただ、そのことを思い出すだけで、
心が豊かに満たされ、生きていて良かったと思えるような記憶。。。
それが「体験価値」です。


【 2012/09/25 11:10 】

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どんな人生にも意味ある 3
院長です。
フランクル「夜と霧」のNHkテレビのテキストの内容の続きです。

前回は「どんな人生にも意味がある」という内容でしたが、
自分の人生を見るけていくのはそう簡単なことではないので、
自分の人生に与えられている意味と使命を見るけるための
手がかりとして、フランクルは「3つの価値」を示しました。

今回は自分の人生の意味を見つけていくための「3つの価値」
についてお話します。

3つの価値とは、「創造価値」、「体験価値」、「態度価値」です。


 まず始めに、「創造価値」とは、
「創造活動」や「仕事」を通して実現される価値のことで、
会社員がプロジェクトを遂行したり、学生が論文を書いたり、
主婦が料理を作ったりする事によって実現される価値が
「創造価値」です。

「創造価値」の実現には職業の内容は重要ではなく、
「自分に与えられた仕事にどれだけ最善を尽くしているか」
だけが重要なのです。

「今の仕事にやりがいが感じられません」
「どんな仕事が自分に向いているか分かりません」

自分にあった仕事はいくら頭で考えても
分かるものではありません。
いま、与えられている仕事に全力で取り組んでいるうちに、
後で振り返るとそれが「天職」であった事が分かったりします。


私達はともすれば
「何かもっと他に自分の個性を素晴らしくしてくれる仕事」
があるのでわないかと考えがちですが、
目の前のことを夢中でやって、自分の仕事を全うすることで、
「創造価値」が実現されるのです。

まずは、目の前の仕事を夢中でやってみる。
そうしないといつか出会えるはずの「天職」と
巡り会える機会は永遠にやってこないでしょう。


次の「体験価値」は、次回に、、、

NHKテレビテキスト2012年8月 「100分de名著」より

 
【 2012/09/24 10:25 】

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どんな人生にも意味がある2
院長です。
ビクトール・E・フランクル「夜と霧」
のテキストの内容からです、、、

フランクルは収容所の中で次のように
自分に言い聞かせていたそうです。

「人生の意味は無要件のもので、
いかなる状況においても
それは失われることはない。
たとえ、
苦しみが取り除かれない時でも、
その苦しみから何らかの意味をつかみ取る事が
出来るはずだ。
さあ、ビクトール、今度はおまえ自身がそれを生きる番だ。」

フランクルはこのように自分に命じて
収容所での悲惨な経験をみずからにとって、
意味のあるものへと転換していったのです。


「どんな時も、人生には意味がある。」

この人生のどこかに
あなたを必要とする「何か」がある。
あなたを必要とする「誰か」がいる。

その「何か」や「誰か」は、
あなたに発見され実現されるのを待っている。

私たちは常にこの「何か」や「誰か」によって必要とされ、
「待たれている」存在なのだ。

その「何か」や「誰か」に目を向けましょう。
その「何か」や「誰か」のためにあなたに出来る事は
何があるでしょうか。

だから、
たとえ今がどんなに苦しくても、
あなたは全てを投げ出す必要はない。

あなたが投げ出しさえしなければ、
いつの日か、人生に「イエス」と
言うことの出来る日が必ずやってくる。

あなたがたとえ、
人生に「イエス」と言う事が出来なくても、

人生のほうからあなたに「イエス」と光を
差し込んで来る日が、いつか、必ずやってくる。


又、フランクルが言うには、

人間は人生から問いかけられている存在である

人間が人生の意味を何かと問うに先立って、
人生のほうが人間に問を発してきている。

だから人間ははんとうは、
生きる意味を問求める必要なんかないのだ。

人間は人生から問われている存在である。

人間は生きる意味を求めて人生に問を発するのでなく、
人生からの問に答えなくてはならない。

そしてその答えは、
人生からの具体的な問いかけに対する
答えでなくてはならない。


私達人間がなすべきことは、
生きる意味はあるのかと「人生を問う」ことではなくて、
人生の様々な状況に直面しながら、
その都度、
「人生から問われていること」に全力で答えていくこと、
ただそれだけである。


NHKテレビテキスト2012年8月 「100分de名著」より
【 2012/09/21 14:10 】

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どんな人生にも意味がある1
院長です。
先日、テレビ番号でビクトール・E・フランクルの「夜と霧」
の紹介を見ました。
(戦時中、ユダヤ人捕虜収容所でギリギリの3年間を過ごした精神科医)

番組を録画して見ましたが、時間が短い関係で少し分かり難かったのですが、
番組のテキストを読んでよく意味が分かりました。
いや~、凄い内容でこのテキストは絶対にお勧めです。
以下はそのテキストより、、、


「この人生に意味なんてあるのか」
「何のために生きているのか」

そういった事に悩む必要なんてこれっぽちもありはしない。
なぜなら
私達がなすべき事は、常に送り届けられてきているからだ。

「何のために生きているのか」
という問の答えは、
何もしなくても、既に送り届けられてきている、
与えられている。

私達がなすべき事は、
既に送り届けられてきている事の「意味と使命」を発見し、
実現していく事である。

自分の人生にはどんな意味が与えられており、
どんな使命が課せられているのか
それを発見し、実現するように日々を全力で生きていく事

ただそれだけで、それを求めて思い悩む必要はない。
この素晴らしい真実に目を開くだけ。

勇気を持ち、こだわりを捨てて、人生のこの素晴らしい真実を
受け入れていくだけ。


「人間は常に人生から問いかけられている」
これがフランクルの考える人間の本来のあるべきあり方
との事です。

続きは、次回に、、、
NHKテレビテキスト2012年8月 「100分de名著」より
【 2012/09/19 15:11 】

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